あるいは本でいっぱいの海

Or All the Seas With Books

主に書評ブログ。本、音楽、映画について書きます。

2018-01-01から1年間の記事一覧

2018年の終わりに(『九年目の終わりに』レイ・ブラッドベリ)

ブラッドベリ「瞬きよりも速く」収録の短編です。 ある日、妻が夫に向かって「9年の月日が経ち、体中の全ての細胞が入れ替わった。私はもう別人だから、旅に出るわ」と言い、行くあてもなく家を出ようとする。 「それは離婚したいということなのかい?」夫は…

それは天気のせいさ(『うつヌケ -うつトンネルを抜けた人たち-』田中圭一)

気づけば夏が終わりすっかり秋の気候になりました。ここ最近は季節外れの台風が来たり、日ごとに気温が激しく変わったり。そんな季節に特におすすめの漫画です。 「うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち」という漫画で、作者は田中圭一さんという方です。こ…

犬は勘定外 感想 英国的ユーモア(『ボートの三人男』ジェローム・K・ジェローム)

「ボートの三人男」ジェローム・K・ジェローム、丸谷才一訳(中公文庫)です。表紙には書かれていませんが、「犬は勘定に入れません」という副題を持っています。 本作のオマージュ作品、コニー・ウィリス「犬は勘定に入れませんーあるいは、消えたヴィクト…

沼地に咲く花のように(『沈黙』遠藤周作)

新潮文庫出版の、遠藤周作の長編小説です。世界文化遺産に「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が登録されたことがきっかけで読んでみました。 あらすじ 史実に基づいて創作された小説であり、島原の乱後に日本に訪れた、ポルトガル人司祭の運命を描…

古代生物のジレンマ(『霧笛』レイ・ブラッドベリ)

ブラッドベリの短編集『太陽の黄金の林檎』(ハヤカワ文庫)に収録されている短編です。 灯台守である「ぼく」と灯台守の先輩・マックダンが体験した不思議な夜の出来事を描いています。 霧笛(むてき)とは、霧が深く視界が悪い時に、船が衝突しないよう音…

良薬と毒薬(『海と毒薬』遠藤周作)

第二次世界大戦末期の、九州大学付属病院で米軍捕虜を実験材料とした生体解剖事件を題材にした小説です。 小説中では匿名で書かれていますが、夢野久作の『ドグラ・マグラ』の舞台でもありますね。 戦時中、実際に起きた悲惨な事件を題材としているものの、…

それなら僕はやったかもしれない(『審判』フランツ・カフカ)

岩波文庫出版の、フランツ・カフカの長編です。光文社古典新訳文庫では『訴訟』というタイトルで出版されています。私は岩波の『審判』しか読んでいないのですが、タイトルが違うだけでも全く違う作品のようですね。『審判』だと、主人公が裁かれることが前…

ストレスの向先について(『ごきげん保険』星新一)

「妖精配給会社」(新潮文庫)収録のショートショート。どんなに些細なことにでも不満を感じたと電話をするだけで保険金が下りてくる「万能生活保険会社」。そんなサービスに夢中になっているエヌ氏という男の話です。 一つの電話につき、いくら保険金がもら…

ホトトギスの空(『坂の上の雲』司馬遼太郎)

まことに小さな国が、開化期をむかえようとしてる。 文春文庫出版の全8巻からなる大作であり、司馬遼太郎の代表作。明治維新から日清戦争、日露戦争までを描く長編歴史小説です。 物語の中盤以降は全て日露戦争についての描写であり、登場するあらゆる人物や…

生活とバッタのあいだ(『バッタを倒しにアフリカへ』前野 ウルド 浩太郎)

とうとうこの本を読みました。長い期間、本屋の新書コーナーで平積みになっているこの怪しげな本。光文社新書デフォルトの表紙ではなく、緑色の変な格好をしたおじさんが虫取り網を持ってなにやらポーズを決めています。そもそも著者の「前野 ウルド 浩太郎…

マクスウェルの天使(『ユービック』フィリップ・K・ディック)

ハヤカワ文庫出版のフィリップ・K・ディックの長編SF小説。 この物語は、ディック作品お馴染みの予知能力者(プレコグ)やテレパシー能力者といった超能力者サイドと、それらをを打ち消す力を持つ不活性者たちの対立が続いている時代の話です。 そして、この…

恐怖!精神病院(『ドグラ・マグラ』夢野久作)

『ドグラ・マグラ』夢野久作(角川文庫) 気軽には手を出せないような禍々しい表紙をしています。読者が表紙を見て選ぶのではなく、表紙が読者を選んでいるようです。果たしてこの本を売りたいのか売りたくないのか...地元の大きめの本屋に行くと、文庫本コ…

「何も起こらない」が起こる(『ゴドーを待ちながら』サミュエル・ベケット)

「不条理演劇」の代名詞にして最高傑作 と帯(白水社、安堂信也 高橋康也訳)で紹介されている、二幕構成の戯曲です。前半は延々と続くナンセンスな会話に戸惑いましたが、二部に入った頃にはすっかり癖になってしまいました。 舞台は夕暮れの田舎道、一本の…

PLANET OF THE BIRDS(『鳥人大系』手塚治虫)

手塚治虫の長編漫画です。全19章の短編が合わさって一つの大きな物語になっています。角川文庫出版の文庫本サイズのものを持っているのですが、10匹の鳥の絵が描かれている表紙からは、ディストピアな内容であることなど想像もつきません。 とあるきっかけで…

ポスト2045年問題(『過渡期の混乱』星新一)

「さまざまな迷路」(新潮文庫)収録のショートショートです。タイトルからも分かるように、何か新しいものが生まれることで生じる、人々の混乱の様子を描いています。 いつのころからか、街頭にキャンディー売りロボットがあらわれるようになった。 という…

転がる石のように(『堕落論』坂口安吾)

『堕落論』(集英社文庫)の表題作。裏表紙の紹介では 生きよ、墜ちよ。生の現実から目をそむけず、肯定せよ。堕ちることのほかに真に人間を救い得る道はない、と説く。 と書かれています。 書店には、のんびり、あるがままに、とかフリーランスでもやってい…

簡単そうで難しい問題(『恐竜のほかに、大きくなったら何になりたい?』レイ・ブラッドベリ)

「恐竜物語」レイ・ブラッドベリ(新潮文庫)に収録されている短編小説です。それにしても、何て素晴らしいタイトルなんでしょう(笑) 主人公のベンジャミン・スポールディングは恐竜が大好きな12歳の少年です。友達に「大きくなったら何になりたい?」と聞…

解なしという答え(『冷たい方程式』トム・ゴドウィン)

「冷たい方程式」トム・ゴドウィン他 (ハヤカワ文庫)に収録されている短編小説。その異様なタイトル通り、宇宙船で展開されるなんとも悲しく、残酷な物語です。 一人用の宇宙船に一人のパイロットが乗っているはずでした。彼は熱病で苦しむ6人の仲間を救う…

ウェンディの夢の国(『ピーターパンの島』星新一)

『悪魔のいる天国』(新潮文庫)収録のショートショートです。ウェンディという女の子が主役であり、ピーターパンの島というタイトルはその名の通りネバーランドを連想させます。 以下は簡単なあらすじです。 ウェンディは海賊船に乗っています。同じ船に乗…

カンガルーにうってつけの日(『カンガルー日和』村上春樹)

聞くところによると、今の高校の教科書には村上春樹の小説が載っているんですね。偶然機会があって、なんとこの「カンガルー日和」が掲載されていることを知りました。 教科書に載せて学校の授業で扱う以上、試験をする必要が出てきます。ということは、その…

To BE CONTINUED…(『REFLECTION』その3 Mr.Children)

Mr.Children『REFLECTION {Naked}』最終回です。「WALTZ」から「未完」までのレビューです。 16.WALTZ 全曲に続いてダークな曲。ライブでの映像が好きでした。マグリットの「ゴルコンダ」のような、次々と振るいおとされていく人たち。「繰り返される審査(テ…

いつの日か君のベートーベン(『REFLECTION』その2 Mr.Children)

前回に引き続き、Mr.Children『REFLECTION {Naked}』のその2です。 8. 放たれる 美しくも、力強い曲です。 たんぽぽが綿毛を空一面に飛ばすような情景が浮かびます。心や気持ちがゆっくりと解放されていくような気分になる曲です。儚いメロディながら壮大な…

全ての闘う人に(『REFLECTION』その1 Mr.Children)

Mr.Childrenの18thアルバム『REFLECTION {Naked}』の感想です。3回に分けて全曲分書きます。 1. fantasy BMWのCMで流れていただけあり、疾走感のあるイントロから始まる曲。 夢の国だったり妖精が出てきたり、というものではなく、あくまで現実世界での日常…

Life Is an Open Door(『掟の門』フランツ・カフカ)

『カフカ短編集』(岩波文庫)に収録されている短編です。たった4ページの物語ですが、寓意性が高く様々な解釈ができます。 あらすじは以下になります。 掟の門前に門番が立っていた。一人の男がやって来て、入れてくれ、と言うが、門番は今はダメだという。 …

選択は想像である (『選択の科学』シーナ・アイエンガー)

これは「選択」に関する本です。 原題は"The Art of Choosing"で、直訳すると「選ぶというアート」となります。また、artという単語には技巧、技、腕といった意味もあるようです。 ジャムの研究 著者シーナ・アイエンガーさんは「ジャムの研究」で有名な方だ…

巻き戻しの海を(『醒めない』その2 スピッツ)

前回に引き続き、スピッツ『醒めない』の感想の後半です。 8. ハチの針 前曲のアウトロから少し間をおいて、この曲は始まります。 ハチミツではなくハチの針。カタカナ表現でちょっと可愛い気のあるタイトルですが、いたってクールな曲調です。 歌詞はという…

ロック大陸の物語(『醒めない』その1 スピッツ)

スピッツの15thアルバム『醒めない』についてのレビューです。 1. 醒めない アルバム同題曲で、アップテンポな曲です。 ボーカルの草野さん、そしてスピッツというバンドとしての軌跡と、音楽への情熱を明るく歌い上げています。 この「醒めない」という曲は…

奇妙な親孝行(『二人がここにいる不思議』レイ・ブラッドベリ)

ブラッドベリの短編集『二人がここにいる不思議』(新潮文庫)の表題作です。 恋愛小説を思わせるような美しいタイトルですが、この物語における「二人」とは主人公の両親のことです。主人公の「おれ」が、既に亡くなっている両親をレストランに招待する話な…

心の崩壊と宇宙の誕生(『ゴルディアスの結び目』小松左京)

この小説のタイトルであり、重要なモチーフである「ゴルディアスの結び目」とは下記のような意味を持つそうです。

毒虫になった男の話(『変身』フランツ・カフカ)

ある朝、グレーゴル・ザムザがなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫になっているのを発見した。 この有名な出だしから始まる小説はフランツ・カフカの『変身』です。