生活とバッタのあいだ(『バッタを倒しにアフリカへ』前野 ウルド 浩太郎)
とうとうこの本を読みました。長い期間、本屋の新書コーナーで平積みになっているこの怪しげな本。光文社新書デフォルトの表紙ではなく、緑色の変な格好をしたおじさんが虫取り網を持ってなにやらポーズを決めています。そもそも著者の「前野 ウルド 浩太郎」とは一体何者なのか!?
こう見えても?彼は、博士号を持った研究者なのです。とは言うものの幼い頃からのファーブルへの憧れから昆虫学者を目指して修士、博士課程を卒業した段階。いわゆるポスドクという身分です。
数年任期の研究職を転々としていく雇用形態は非常に不安定であり、ポスドク問題と呼ばれています。任期がある以上、次の職にありつくためにも常に結果を残し続けていく必要があります。
著者の前野さんは
「昆虫学者」とは、昆虫の研究ができる仕事に、任期付きではなく任期なし(パーマネント)で就職することだ。
と書いています。
研究者(それも、その研究成果が社会の利益に直結するとは言い難い基礎研究分野の)を悩ませる問題の一つとして、その研究が社会の利益に直結しにくいこともあって予算確保が難しいという問題があります。
著者の研究対象である、バッタの大群による被害というのは、言葉ではわかってはいてもほとんどの日本人にとってはいまいちその重大さがいまいちピンとこないことだと思います。また、国内では研究室の中で飼育されているバッタの実験や観察が主であり、現場でのフィールドワークによるバッタの大群の研究はあまりなされていませんでした。
これは良い研究題材になる、と著者は20倍もの倍率から勝ち取った若手研究者支援金を使ってアフリカのモーリタニアという国に渡ったのです。
文化も気候も異なるモーリタニアで数年生活するのは覚悟のいることです。そこまでして著者をバッタの大群の研究に向かわせる原動力は、
子供の頃からの夢「バッタに食べられたい」
にあります。
これは、著者が子供の頃に科学雑誌で読んだ記事が関係するそうです。外国でバッタの大群に巻き込まれた女性が、バッタに着ていた緑色の服を食べられたことを知り、憧れと恐怖を抱いたことがきっかけだそうです。飛躍し過ぎている気もしますが(笑)
モーリタニアでの生活や研究活動は一筋縄ではいかないものでしたが、著者も生活がかかっているわけですから諦めません。
バッタの大群に会うために何百kmという距離を移動したり、地元の子供達にバッタを集めてもらおうと企んだりなどと、研究成果を出すために試行錯誤する様子が面白おかしく書かれています。
終始明るい文調で書かれていますが、内心は研究成果を出すことへの焦りや、日本と遠く離れた土地での生活の孤独さも少なからずはあったと思います。同時に、大好きな昆虫の研究に集中して取り組むことができる環境や生活を心から楽しんでいる様子も伝わってきました。
また、「ウルド」という著者のミドルネームについてのエピソードも作中で書かれていますが、バッタ研究者としての意思を強く感じることができます。
著者の研究内容、モーリタニアでの生活、ポスドクをはじめとする研究者の生き方など、様々なテーマを含んだおすすめの一冊です。