古代生物のジレンマ(『霧笛』レイ・ブラッドベリ)
ブラッドベリの短編集『太陽の黄金の林檎』(ハヤカワ文庫)に収録されている短編です。
灯台守である「ぼく」と灯台守の先輩・マックダンが体験した不思議な夜の出来事を描いています。
霧笛(むてき)とは、霧が深く視界が悪い時に、船が衝突しないよう音で警告するための道具です。その音は、まるで巨大な動物の鳴声のようでした。
霧笛の音について、マックダンは言います。
一人ぼっちで夜泣きする大きな動物だ。何十億年という時間の端っこに坐って、おれはここだ、おれはここだ、おれはここだ、と海底に呼びかけているんだ。
彼が言うことには、一年に一度、霧笛の音を仲間の鳴き声だと思い込み、その動物が灯台までやって来るというのです。そして今日がまさにその日でした。
二人が灯台で霧笛を鳴らして待っていると、水面下から巨大な生物が姿を表しました。体長はなんと約3キロメートル。それは百万年前に絶滅したはずの恐竜の一種なのでした。
マックダンは昨年も、同じように霧笛の音に連れられて灯台までやってきた古代恐竜を見ています。怪物は灯台の周りをぐるぐる周っていたそうです。100万年前に絶滅した種の最後の一匹は、もはやいるはずのない仲間を、今でも探しているのです。
マックダンはものは試しにと、霧笛のスイッチを切るのですが...
ブラッドベリの短編の中でも人気の高いこの作品は、B級パニック映画なんかでよくありそうな展開ですが、幻想的で叙情的な作品です。
霧笛の代わりにレーダーやGPSが使われるようになった今日では、古代恐竜が仲間を探しにやって来ることもありません。やって来たとしても、レーダーでは霧笛の時のような哀愁を醸し出すことはできないでしょう。
マックダンが霧笛のスイッチを切った後に古代恐竜がとった行動と後日談が最後に語られます。ブラッドベリらしくもあり、らしくないようでもあるマックダンの最後の言葉は強く印象に残っています。
『太陽の黄金の林檎』ですが、個人的にはブラッドベリの短編集の中では最高傑作です。追々、他の短編についても紹介する予定です。