あるいは本でいっぱいの海

Or All the Seas With Books

主に書評ブログ。本、音楽、映画について書きます。

砂の流れに身をまかせる(『砂の女』安部公房)

安部公房の代表作、『砂の女』(新潮文庫)。

 

昆虫採集のためにとある海辺の砂丘に訪れた主人公が、女一人が住む、大きな砂穴の中の家に閉じ込められるという話です。主人公は必死で逃げ出そうと試行錯誤するもののことごとく失敗します。

 

せっせと砂かきをして砂穴から這い出そうとする、部落住民に対して女を人質に取る、

女が寝ている間に長いロープをカウボーイのように手繰って穴の外に引っ掛けて脱出しようとするなど、様々な方法を試みます。

 

砂穴の中に閉じ込められ、女との共同生活を送るという非現実的なシチュエーションの中で、考えつく限りの現実的な方法で脱出を試みるところにこの作品の奇妙さがあります。

 

 また、この作品の重要なテーマの一つに「郷土愛」があると考えています。

 

厳しい環境や人口の減少など、砂丘の部落の置かれた状況はお世辞にも良いとは言えません。しかし、砂丘の部落の人々は、旅行者を砂穴に閉じ込めるという罪を犯してまでも、その土地に留まることにこだわっているように見えます。

 

そんな郷土愛の中には環境への慣れや、個人差はあれど人間の変化を嫌う特性も要素として含まれているのではないでしょうか。

 

国全体としての効率や個人の生活の利便性などを考えると、一局集中とまではいきませんが、人や機能を主要都市に集中させる方が効率的にも思えてしまいます。それはそれで、少し悲しい気持ちにもなりますが。


『星の王子様』に登場する、街灯と点火夫の話を思い出しました。王子様が訪れたある小さな星には街灯一つと点火夫一人がいるだけでした。点火夫は「命令」に従い、朝になると街灯を消し夜になると街灯を灯します。

 

この仕事にはある問題がありました。その小さな星の自転速度は年々早くなり、今では一分間で朝と夜が入れ替わるようになってしまったのです。街灯夫の仕事内容は変わらないため、彼にはゆっくりと休む時間などありません。彼を取り巻く環境の変化にじわじわと首を絞められているのです。



安部公房作品の不条理さからは、作者の都会的な合理性が不思議と感じられます。今日でも色褪せない日本文学史上の傑作です。