あるいは本でいっぱいの海

Or All the Seas With Books

主に書評ブログ。本、音楽、映画について書きます。

愛と麻薬の違い(『スキャナー・ダークリー』フィリップ・K・ディック)

ハヤカワ文庫出版のフィリップ・K・ディックの長編SF小説。表紙の画像は旧版のものです。

 

ディックの最高傑作とも呼ばれるこの小説では、ドラッグに溺れる人々と彼らを監視する麻薬捜査官たちが描かれています。

 

この小説の特殊なところは、ドラッグに溺れる人(ボブ・アークター)と、彼を監視する捜査官(フレッド)が同人物であることです。

 

主人公ボブ・アークター(フレッド)は、妻と離婚し、幼い二人の娘たちとも別れ、ドナという若いドラッグ密売人に密かな恋心を抱きながら、ドラッグに溺れる毎日を過ごしています。

 

そんなボブ・アークターのもう一つの顔は、フレッドという名のおとり捜査官なのです。市場に急速に流通している「物質D」という安価で強力な麻薬の供給源をつきとめるため、職務上やむをえずそのドラッグを購入し、服用しながらその流通ルートを調べます。

 

そんな彼も物質Dによって身体は蝕まれ、さらには自分自身を監視するという異様なシチュエーションに置かれたため、ふたつの人格の区別がつかなくなっていきます。

 

この小説は、ディック自身の経験を元に書かれている部分が多いらしく、ドラッグによって自らの身を滅ぼし、人生を台無しにしてしまう人々を描いています。

 

フレッドが、何時間先送りにしても同じ会話が続いている場面や、その場で会話していた誰もが5と2を足し合わせることしかできず(5+2)、5と2を掛け合わせること(5×2)など思いつかないシーンが印象的でした。

 

 

最後はお約束、ディック作品の主要テーマでもある、フレッド=ボブ・アークターはどちらの自分が本物なのか、そもそも自分は何者なのかという問題にぶつかります。

 

ドラッグソングについて

スキャナー・ダークリー」の内容とは少し外れるのですが、ビートルズローリングストーンズ、ピンク・フロイドなどなど数多くのミュージシャンたちがドラッグソングを歌うのには、どういう意図があるのでしょうか。

 

全ての生き物がそうなのかもしれませんが、少なくとも人間は、自分が好きなものを語り、歌にする生き物なのかもしれません。ミュージシャンがラブソングを歌い、聞き手がそれに共感するのと同じ感覚なのではないでしょうか。

 

その一方で、目を背けていたいようなテーマは音楽よりも小説や映画に向いている気がします。

 

 

歌にも小説にもされる、ドラッグをテーマにしたこの作品。最後のシーンは、作者の実体験からなのか、それとも... 

物事の境界線がぼんやりと薄れ、徐々に足元が不安定になる感覚。 名作です。