恐怖!精神病院(『ドグラ・マグラ』夢野久作)
気軽には手を出せないような禍々しい表紙をしています。読者が表紙を見て選ぶのではなく、表紙が読者を選んでいるようです。果たしてこの本を売りたいのか売りたくないのか...地元の大きめの本屋に行くと、文庫本コーナーでは平積みで売られていたりします(笑)
個人的な感想としては、背表紙のあらすじに書いてある割にはエロティシズムという印象はありませんでしたが、物語の複雑さ、後半になってその恐ろしい出来事の全貌が明らかになっていく展開には引き込まれます。表紙についてはともかく安心して?読むことができるのではないでしょうか。
一体この小説は何かというと「自分が誰かを探る探偵小説」です。しかし、その著者も狂っているのです。正直これではもうお手上げです。
主人公が病室のベッドで目を覚ますところから物語は始まります。隣の部屋からは助けを求めて女が叫んでいるようです。しかし主人公は思い出せません。ここが何処なのか、そして自分の名前さえも。
やがて、自分が九州大学病院精神病科の治療室にいることがわかります。若林博士という九大の教授が主人公のもとに現れます。若林博士曰く、精神科学応用の犯罪に巻き込まれており、主人公は精神病の治療を受けているところでした。
この事件を解決するためには、主人公の記憶を取り戻す必要があるようです。
自分自身についての記憶を取り戻す手がかりにと、九大病院の精神病患者に関する資料室に入ります。そこには入院患者が自分が正常であることを示すために作った作成物(とは言うものの「歯茎の血で描いたお雛様の掛け軸」、「火星征伐の建白書」のような怪しげなものばかりです)や、彼らに関する研究資料が保管されています。
主人公は『ドグラ・マグラ』というタイトルの原稿を見つけます。なんと、読者が手に取っている本と同じものであり、メタフィクションとなっているのです。
その後、主人公はもう一人の研究者・正木博士が残した以下の資料を読むことになります。上巻の前半から下巻の途中まで続きます。
・キチガイ地獄外道祭文
・地球表面は狂人の一大解放治療場
・絶対探偵小説 脳髄は物を考えるところに非ず
・胎児の夢
・空前絶後の遺言書
・心理遺伝論付録
スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ...というお経が延々と続く「キチガイ地獄外道祭文」や、正木博士の論文「胎児の夢」などバラエティに富んでいます。そして、これらの一見何を伝えたいのかわからない資料は物語の本質を知る上で非常に重要な役割を担っているようです。
物語の後半になると急速に話が進みます。1000年前から続く狂人の伝説、正木博士と若林博士の確執、そして主人公は一体何者かという謎に迫ります。
80年以上前に書かれたということが信じられないくらい独創的な構造をしており、今読んでも十分に楽しめる作品です。 ループものやメタフィクションなどの先駆けでもあると思います。
話は逸れますが、愛宕神社(如月寺)や箱崎水族館(現在は同名の喫茶店があるようです)などの物語ゆかりの地に機会があれば行ってみたいと考えています。