あるいは本でいっぱいの海

Or All the Seas With Books

主に書評ブログ。本、音楽、映画について書きます。

解なしという答え(『冷たい方程式』トム・ゴドウィン)

  「冷たい方程式」トム・ゴドウィン他 (ハヤカワ文庫)に収録されている短編小説。その異様なタイトル通り、宇宙船で展開されるなんとも悲しく、残酷な物語です。

 

 一人用の宇宙船に一人のパイロットが乗っているはずでした。彼は熱病で苦しむ6人の仲間を救うため、血清を運んでいる最中でした。彼が乗っている小さな宇宙船には、目的地に着くためのぎりぎりの燃料しか積まれていませんでした。燃料は無駄の無いように計算されて積まれていました。少しでも宇宙船がより道をしたり、速度を落としたりしただけで、目的地に着く前に燃料が底を尽きてしまうほどです。
 

 そんな背景もあり、EDS(パイロットが乗っている宇宙船の名前)に関して以下の法があります。

EDS内で発見された密航者は、発見と同時にただちに艇外に遺棄する

 そして、宇宙船の出発後、船内にある探知機によって、密航者が見つかったのです。

パイロットが、隠れている場所から出てくるよう命令すると、密航者はすんなりと姿を現しました。

 

 その正体は若い娘でした。

 

 彼女は兄に会うために、その船に乗り込んだというのです。彼女は密航がバレたとしても罰金を払う程度で済むつもりでいました。まさか宇宙空間に放棄される規則があるなんて思ってなかったのです。

 パイロットは彼女に、燃料はギリギリしか積まれていないこと、彼女が乗ったままでは血清を待つ6人を救うことができないことを説明します。
 パイロットはせめての情けとして、彼女が兄と通話できるよう取り計らいました。通信が切れた後、彼女はエアロックの中へ歩いて行きました。

 

 物語後半の「冷たい方程式は満足され、彼は艇のなかでたったひとりになったのだ」 というフレーズが印象的です。

 

 どうにかして彼女を救うことはできないものかと、多くの人がそのパズルに挑戦したそうです。その挑戦者の多さから、「方程式もの」というジャンルができるほどです。

 

 『これからの「正義」の話をしよう』だったと記憶していますが、この短編は倫理学における、功利主義と関連してこの短編が紹介されていました。「トロッコの問題」という思考実験があります。これは、暴走したトロッコがレールを走っていて、このままだと5人の人間にぶつかってしまう。しかし、あなたが一人の男を突き落としトロッコに轢かせることで5人が救われるとしたらどうするでしょう、という問題です。

 

 「冷たい方程式」では「トロッコ問題」のような板挟みの状況というよりかは、彼女を救う手段があるのかどうか、というところに焦点があるのだと思います。最初から、方程式のように両辺が成り立つような解を求めること自体叶わないことなのかもしれません。

 

 密航者が美しい娘でなかったら...娘を救うという選択肢がより多くの命を救うことに繋がるとしたら...
 少し条件が変わるだけでも物語は大きく変わってしまいそうですね。