あるいは本でいっぱいの海

Or All the Seas With Books

主に書評ブログ。本、音楽、映画について書きます。

心の崩壊と宇宙の誕生(『ゴルディアスの結び目』小松左京)

 この小説のタイトルであり、重要なモチーフである「ゴルディアスの結び目」とは下記のような意味を持つそうです。 

「ゴルディアスの結び目」

〔フリュギアのゴルディオス王が結んだ結び目を、だれも解けなかったというギリシャの伝説から〕難事や難題。

大辞林より

 かのアレキサンダー大王は、この結び目に対して痺れを切らし、剣を振りかざすやいなや断ち切ってしまったという伝説があります。

 

 この物語は、とある隔離された場所にある、砦のような作りをした精神病院、アフドゥーム病院での出来事です。というのもそこは普通の精神病院ではなく、極めて特殊な患者を収容した場所なのです。

 

 サイコ・エクスプローラー(人間の心の中に入り込み、精神の奥に存在する問題を解決する)のエキスパートとしてアフドゥーム病院に呼ばれた主人公・伊藤は問題の患者である少女マリア・Kと対面します。対面といっても、彼女はベッドに固く縛り付けられた状態でした。”憑き物”に憑かれているその18歳の美少女には、なんど3cmほどの牙と、頭には2本の角が生えていました。彼女は数ヶ月前、恋人を噛み殺したというのです。彼女の力は強力であり、ベッドに拘束されていても、彼女の周囲では休むことなく心霊現象が引き起こされます。

 

 伊藤はマリアの治療に取り掛かり、彼女の精神内部に入り込むことに成功します。

 そこは森の中でした。伊藤は3~4歳くらいのマリアが泣いているのを見つけました。しかしその時、伊藤は何か邪悪なものの視線を感じ、一度”探索”から引き返します。

 

 伊藤はマリアに一体何が起こったのかを知ります。恋人と思っていた男は、金目的でマリアに近づき、彼女を汚すだけではなく、ドラッグを与えては薬物中毒にしたというのです。マリアは肉体的、精神的にもボロボロの状態でした。

 

 再びマリアの精神内部に入り込み”探索”を続けていると、今度は18歳の彼女を見つけます。しかし、彼女は伊藤の手の届かない場所にいました。彼女は自分が恋人を殺したことに罪と後悔の念を抱いており、同時に何かに憑かれていることも知っていました。彼女は伊藤に助けを求めていたのです。

 

 マリアの”憑き物”は予想をはるかに上回るほどに強大なものでした。伊藤にマリアの治療を依頼したアフドゥーム病院の院長・クビチェック院長は「もうマリアを救うことはできないだろう」と言いますが、伊藤はかまわず彼女の心の奥へと進み続けます。

 

 マリアの心の奥に足を進めるにつれ、闇はさらに深く、邪悪なものに変わっていきました。欲望、嫉妬、怒り、憎しみといったものが彼を取り囲みます。

 

 「引き返せ」というクビチェック院長の声が聞こえますが、伊藤はマリアを救うことを諦めません。

 

 このあたりからはいかにも小松左京作品らしく、伊藤がマリアを救えると信じているのは、彼にはアジア的一元論が無意識に備わっているからだと書かれています。つまり、善悪は反転するものであり、巨大な悪も善に転ずる(逆もまた然りですが)のだから、マリアに取り憑いた強大な”憑き物”にだって可能性はあるのだと。一方で、二元論的思考、つまり善と悪は対立する異なるものである、と考えるクビチェック院長はマリアから”憑き物”を取り払うことはできないと考えます。

 

 さらに奥の方へ進むと、周囲もより奇妙な光景となります。それはもはや「マリアの心の中」ではない別の場所でした。そこで再びマリアを見つけます。しかしそこには黒幕である”闇”も存在していました。

 

 伊藤はマリアを助けてくれと頼みます。「それはできない」と”闇”は答えます。「マリアは時間が永遠に留まる”エルゴ領域”を超えてしまった」と。

 

 「それならいっそ先に進むしかない」と伊藤は言いますが、「それはできないことだ」と”闇”は答えます。しかし伊藤の意思は既に固まっていました。

 

 「アレキサンダーではないが、ほどこうとしてほどけない"ゴルディアスの結び目"にたちむかったら、たとえ乱暴と思われるやり方でも、ためしてみるまでさ。ーさあ、行こう、マリア……」

 

こう言った後、やがて伊藤とマリアは共に特異点の方へ向かっていきました。

 

 それ以来、伊藤と外部との通信は途絶え、マリアが収容されていた部屋は収縮を続けている。それはもはや誰も解明することができない”ゴルディアスの結び目”であり、ブラックホールへと変わるだろう、というアフドゥーム病院の報告書の抜粋により物語は終わりを迎えます。

 

 

 マリアの心の奥の不気味な描写や、「宇宙論」と「人の心の闇」についての考察が印象的でした。

 この小説を読んで気になったことがいくつかあります。伊藤とマリアはどこへ行ったのか?(消滅?それとも物語中で示唆されていた別次元へ行くことができたのか)、

マリアの心の奥にある闇はマリアの個人的なものか、それとも世界共通のものか、などです。

 

 大学生の時、初めて重力崩壊の話を聞いて途方もない気持ちになったことを覚えています。ある一定以上の質量を持つ恒星は、その寿命が尽きる時、自分の重さに耐えられず収縮していくというのです。

 そして、この物語では恒星の重力崩壊と人の心の崩壊を重ね合わせているのだと思います。星の最後と同じように、マリアの心も崩壊し、収縮を始めてしまったのです。

 

 あるいは、こう考えることはできないでしょうか。

 はるか遠く宇宙に存在するブラックホールだって、実は失恋した少女のはかない恋心だったのだ、なんて。